スピリチュアルカウンセリング Shell Beans

Shell BeansのヒーリングマスターRukaがスピリチュアルの謎と魅力をご紹介。

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霊感についてRukaの考えていることをお話したいと思います。「あなたの悩みは○○霊が原因です」「霊感があるので何も言わなくともわかります」よく、占いの広告を見るとこんな文章が書かれています。これが本当だったら、すごいなとRukaは思います。そう思うところを見るとやはりRukaはいわゆる霊能者ではないのでしょう。霊感があるとかないとかよく言いますが、そもそも霊感というのは何なのでしょうか?第六感という言葉があります。人は視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を持っています。その五つの感覚以外のもう一つの感覚をさすので、第六感と呼ばれているのかもしれません。強弱はその人によって異なりますが、第六感とは誰でも持っている感覚なのではないかとRukaは思っています。物をを見るときに必要なのは脳の視神経と眼球です。見るためのレンズである眼球があっても、脳で「もの」だと感知できないとひとは物をみることができません。脳の視神経も萎縮して機能していない、レンズとなる眼球もないのに、光に反応する人をRukaは知っています。医学解剖的に感じることのない光を感じられるのは、まだ、解明しつくされていない解剖生理学の課題でもありますが、第六感もその中の一つではないかと思います。しかし、第六感=霊感とは思えません。霊そのものの存在は否定しませんが、第六感と霊感は区別されるべきものだとおもいます。人の体の仕組みは不思議なもので、ある臓器がフルに活用できない場合、2つある臓器ではその健康なほうの一方が、あるいは別の臓器がその代替えとなる機能を補おうとします。一方で人のからだは必要のないものは排除する方向に向かいます。けがをした時、たいていの菌や異物は治る過程のじくじくした滲出液によって洗い流されてしまいますが、どうしても取り除けない場合は、異物を無毒化してしまう仕組みがあります。手をけがして治った後に、その時の砂が皮膚に入ったまま治癒してしまった経験のある方もいるのではないでしょうか?(その砂は体の力で無毒化されています。)どんなときにも、「生きること」に向かって人の体というのはエネルギーを費やしていることを感じます。そんな生きることに向かっていく人の体が、霊感を必要としているかどうかについては疑問があるのです。
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あなたは夢を見ますか?Rukaはほとんど毎日夢を見ています。夢はどうしてみるのか、本当のところはまだ解明されていません。夢の内容についてはいろいろな解釈があり、多くの夢解釈の本が出版されています。夢にでてくることはそのひとの中にあるものであるとRukaは考えています。夢とはもう一人の自分が自分と対話することと同じです。夢はときどき、人にメッセージを与えてくれます。なかなか忘れられない夢や繰り返し見る夢は、自分からのメッセージだととらえてください。Rukaが繰り返し見る夢をひとつご紹介したいと思います。自分の大好きな人が、私の肩を抱きながら、「もう、だいじょうぶだよ。」と肩を叩いてくれるのです。わたしは涙があふれて、そのひとにもたれかかるという夢です。誰かになにかを許してもらったり、誰かに頑張ってるねと褒めてほしいのでしょう。自分で自分をなだめている自己防衛本能がそんな夢をみせているのだと思います。その夢をみたあとは、なぜか元気になります。どんな状況でも、これでいいのだと自分を肯定する気持ちになれます。他の誰かに褒められたり認められても、はずかしいきもちや謙遜な気持ちが先に立って素直に喜べないものです。自分が自分自身を認めることでその事実を受け入れられるということが、夢の役割です。夢をみるメカニズムはわからないけれども、夢は自分が自分と会話する手段のひとつであるとRukaは考えています
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大地にはエネルギーがあります。土の中にはたくさんの微生物が生きています。人はみな土の上に立ち、植物の多くは土の中で育ちます。子どもたちは土で遊ぶことを好みます。大人になると、ひとはガーデニングを楽しみます。土を触るのは大地のエネルギーを摂取するいちばんいい方法です。土の中に手を入れてみてください。少し湿ってひんやりとした土には静的エネルギーがあります。その静的エネルギーを感じることで、人は安心感を得ることができます。「土に生まれ土に還る」という自然の摂理が現代でも生きていることを実感できるでしょう。高層ビルや高層マンションを好まれる方もいらっしゃいますが、精神衛生の面ではなるべく地面に近い場所にお住まいになることをお勧めします。また、そういった高層にお住まいの方は、地方への旅行やガーデニングで土に触れる機会を得ることをお勧めします。
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産地によっても動的エネルギーと静的エネルギーの比率が変わります。オーストラリアなどの肥沃な大地と日照に恵まれた場所からは、動的エネルギーが、英国などの静かな環境の土地からは静的エネルギーが得られます。Rukaはそのハーブの産地や人工的に室内で機械で乾燥されたものなのか、太陽の光を浴びて乾燥したものなのかが区別がつきます。Rukaはハーブそのものの特性ではなく、そのハーブから得られるエネルギーを同定して、その時の体調によって摂取するハーブを決めています。一般の人であれば、その製品の産地やどうやって乾燥されたものなのか、わからないこともあると思います。自分の感覚に頼り、自分に合うものを探すのもひとつの方法です。自分の感覚ではよくわからないという人は、能書きに書かれていることを参考にしてもいいでしょう。もしくは、お店の人に調べてもらうこともできます。ハーブに対して独自のこだわりをお持ちのお店では、その点についてちゃんと調べて入荷しています。ハーブは手元に届くまでに幾人もの手を渡ってあなたの元に届きます。ハーブを摂取する時、そのハーブにかかわった人たちのエネルギーも同時に得ることになるのです。
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ハーブを生で摂取することをRukaは勧めていません。庭で今摘んだばかりのハーブは、リフレッシュなどの元気なときにさらに元気になりたいときは効果的かもしれませんが、そもそも、民間療法でハーブを取り入れたいと思うときは、体も心も弱っているときが多いのです。生のハーブはエネルギーが乾燥されたものと比べると、動的エネルギーが大きすぎてしまうことが心配されます。乾燥したハーブは、乾燥している分だけ、使用する量が生と比べて多くなりますが、エネルギーそのものはいったん人の手によって加工されているものだけに、静的エネルギーの割合が大きいのです。体調のすぐれない時に取り入れるハーブは、乾燥したものをお勧めします。
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植物にはエネルギーがあります。見ているだけでそのエネルギーは人の体の中に取り込まれますが、もっとも効率的なのは、ハーブの製品を活用することです。ハーブには科学的に解明された化学物質が含まれています。リラックスする成分、痛みを緩和する成分など、ハーブを購入する時に効能書きがあり、それを参考に購入される方も多いのではないかと思います。成分は微量でも化学物質ですから、自分の中にはない何かを取り入れることになります。中には良いと思われる成分でも自分に合わない成分もあるかもしれません。人の体には免疫という機構があり、自分にとって異物となるものを排除する働きがあります。その働きを活性化することで病気を治していく療法もあります。しかし、その療法が合うか合わないかもその人の体質によって異なってきます。ハーブの飲用などの民間療法では、「これを飲んだら元気が出る」というプラシーボ効果は思いのほか効力があります。「病は気から」ということわざを思い出してください。軽いメンタル的な憂鬱感などは、プラシーボ効果だけで、実際に気分がよくなることがあります。しかし、ハーブの飲用にも注意があります。化学物質を含んでいるため、禁忌(飲んではいけない場合)は守る必要があります。


緑が青々として花の咲き乱れる季節がきました。Rukaの家には小さな庭があります。いろいろな植物をみていると教えられることがたくさんあります。もう枯れ切っていると思った植物から新芽がでてきたり、違う土地で貰ってきた植物だから根付かないとおもっていた木が青々としてきたり。「1年しか持たないけど」と言われた植物が3年も楽しませてくれたり。同じ土壌の庭でも、家によって育つものと育たないものがあります。手をかけるかけないの違いももちろんありますが、人と植物の相性というものがあるのだなと感じています。そして、人生の勢いのある時期には、日陰にある植物でもよく育ち、そうでないときはどんなにいい環境でもよく育つことができません。毎年、同じ植物を育ててみるとそのことがよくわかります。相談者のリーディングを行っていると、その人が植物を育てているかどうかにかかわらず、庭の風景が浮かんでくることがあります。その庭は、実物の庭ではなく、その人の置かれている状況が庭として表現されているようです。仮想の庭の植物を育てていくことで、その人の運気が変わっていきます。どんな庭が心地よいと感じ、どんな庭にしていきたいのかはひとそれぞれだと思います。人から見てどんな庭が美しいということにとらわれるのではなく、自分が美しいと思う庭を造りあげることが大切なのだと思います。以前、カウンセリングさせていただいた方が1年後にお見えになりました。見えてくる庭はまったく別の庭でした。その庭がその人らしく変化していることはRukaにとってとっても喜ばしいことでした。
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スピリチュアリティという言葉の使用方法は、時代や地域によって定義が異なるといわれています。spiritualityという英語の語源はラテン語に由来しており、その意味するところは「息」または「風」だといいます。中世になって登場したこの言葉は、当時、宗教者だけの使用に限られていました。現代では、トランスパーソナル心理学に造詣の深いアメリカの哲学者ドナルド・ロスバーグが、宗教の組織や制度とを切り離したスピリチュアリティの定義を新たにし、宗教的なスピリチュアリティと宗教に依存しない霊的アプローチとしてのスピリチュアリティを区別しました。現代社会の特徴は個に向かうエネルギーが増し、「自分探し」「本当の自分」が重要テーマとなり、個人レベルでそれらが行われるようになっています。Shell Beansでは「スピリチュアリティとは生に意味や目的を求める魂の叫びである」と定義しています。Shell Beansは、まだ開かれていない貝の口の隙間からわずかに垣間見れる魂の叫びをリーディングによりひとつひとつ丁寧に取り出すことで、それぞれが、自分の魂の叫びに気づくこと、カウンセリングにより自分の魂が欲している生の意味や目的に向かって進める原動力を得るための援助を行うことを目標にしています。



参考文献:安藤治・湯浅泰男編 (2007)スピリチュアリティの心理学 せせらぎ出版