スピリチュアルカウンセリング Shell Beans

Shell BeansのヒーリングマスターRukaがスピリチュアルの謎と魅力をご紹介。

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きょうは「許す」ということについて考えてみたいと思います。「〜したけれどわたしはあなたを許す。」「〜したからわたしはあなたを許せない。」という言葉を相手に言ったり心の中でおもったりすることはありませんか?これは相手のした行為、そして、その行為をするに至った心理について、それを自分が許す・許さないという意味です。Rukaもよく、パートナーに対して、そして、子どもに対して、「今度やったら、もう許さないから!」ということがあります。よく、許しということをテーマにして宗教的に考えると、「許す・許さないという権限を持っているのは神様だけである。人である私たちは、人を裁くことはできない。」といったことを聞いたことがあります。なるほどなと思う気持ちもないわけではありませんが、そもそも、許しの感情は人間のこころの中にあります。人は常に心の中で、人を許したり許さなかったりしているのです。ですから、この神様だけの特権という許しについては、Rukaはあまり考えたことはありません。Rukaもよく許さないと思ったあとで思うのですが、これは、相手が許せないのではなくて、「相手を許す自分を自分が受け入れられない(自分を許せない)のではないか」ということなのではないだろうかと思います。相手を許すと、自分の信念や価値観を曲げてしまうことになります。許すというのは他人を許すことではありません。自分の価値観を相手の価値観に合わせて曲げることを自らが許すという行為なのです。
 許しの得意な人がいます。こだわりのない人です。そこに価値観を置かない、もしくは、人の価値観はそれぞれであることを認めることができ、自分の価値観は人に押し付けられるものではないことだということを知っている人です。そういう人は、人を許しますし、自分を許すのが得意です。時にそんなひとは、逃げのうまい人だといわれることがあります。でもそんな人が逃げないときがあります。それは、自分の価値観を完全否定されたときです。人を許すのも、自分を許してもらいたいがゆえの許しであったりする。人を許すことで、人はなぜか楽になれます。人を自由にすると、自分も自由になれます。「許し」とは本来、自分のためにあるのだとRukaは思うのです。












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