スピリチュアルカウンセリング Shell Beans

Shell BeansのヒーリングマスターRukaがスピリチュアルの謎と魅力をご紹介。

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この石は「たんばん」という石です。よく、中学の理科の授業で、硫酸銅溶液を使って、結晶の成長実験をしたことがある方はいらっしゃいませんか?これは、自然界に生じる硫酸銅です。とても美しい水色をしている石ですが、なかなかこの石を販売している標本店はありません。なぜかというと、この石は水溶性で、湿気に弱く、長期保管したくても、湿気の強い日本では長持ちしない石だからです。店長が、青い石をとても好んでおり、この「たんばん」がどうしても欲しいと希望していました。鉱物研究所に問い合わせたところ、探してくださいました。研究所を尋ねると、先生が2つの「たんばん」を用意してくださいました。「この鉱物の保管は難しいですか?」と尋ねると、「この石はもう、10年くらいこの状態だから、たぶん、湿気の多くないところであれば、このままの色を保つだろう。」と教えてくれました。10年も研究所で保管されていたこの「たんばん」。たぶん、お値段も10年前のままです。先生はよく10年も売れなかった石をいつまでも持っていたなあとRukaは感心してしまいました。

そういえば、Rukaもなぜか石を捨てることができません。仕入れたビーズのなかで、これは人にお譲りするにはちょっとと思うよう石や、Rukaの不注意で落として割れてしまった石も、そんなに愛着があった石でなくとも、なぜか、一粒も捨てれません。

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こんなふうに捨てれない石たちはRukaの寝室で水晶さざれの暗室の中で静かに休んでいます。
ときどきこの箱を開けて、石を取り出してみます。石はまだ生きています。ほっとしてRukaは石におやすみをいいます。美しい商品としての天然石も大切ですが、この不具合な石たちもRukaにとっては癒しの石のようです。

「石を捨てることができない」
石好きの人は、皆言います石が好きだけれど、もう自分に必要がないと悟った石でも捨てれない。だから、次に必要とする人に石を手渡していく。だから、石はなくなないのだと思います。石のもともと持っている「永遠の命」をつないでいくことを石に操られているのではないだろうかとさえ思うときがあります。石好きの人の家の中は、石でいっぱいでなのだろうと思います。Rukaの家も、冷蔵庫に食べ物が今日の分しかなくても、石だけはたくさんあります。石は食べられないけれど、底知れぬ魅力があります。食べることを忘れるくらいの。(笑)

そんな石の魅力をいっぱいおすそ分けしたいと思っています。^^
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きょうはRukaにあった出来事を通して、乗り越えられなかった課題は
繰り返されることについてお話したいと思います。

昨日、実家からRukaが父親が取っておいた小学校からの成績表や賞状類が送られてきました。整理したら出てきたので、送ってくれたようです。なつかしそうに見ていたRukaに息子も加担して、わいわい話が弾んでいたところ、息子が突然言い出しました。「この中学校のときのお母さんの担任の先生は、僕の学校の校長先生だよ!」
 
今年から息子の中学校の校長先生が代わったことは知っていましたが、忙しくてなかなか息子の持ってくるプリントなどにも目を通す機会のなかったRukaは大変驚きました。

先生は、Rukaにとっては忘れられない先生でした。
その先生を思い出すたび、ある出来事が思い出されて苦しい思いをしていました。
Rukaにとっては、いわゆるトラウマになった出来事をもたらした先生だったのです。

中学一年の途中で、学級委員だった優秀な友達が転校してしまいました。
先生は職員室にRukaを呼んで、こういいました。
「次の学級委員に立候補しなさい。あなたは、リーダーシップが取れる人間だから。」

Rukaは即座に断りました。どうして、先生がそんなことを言うのかも理解できませんでしたし、もうすでにクラスで人気のある子が立候補をすると決まっていたからです。
自分にはそんな力があるとは思えないとおもったこと、学級委員はみんなの人望によって決まること、ほかに人気のある子が立候補する予定があること、そして、その上で立候補などしたら、自分はクラスのみんなから「身の程知らず」といわれて恥をかくのはいやだという気持ちを
正直に先生に話しました。

先生は一通り話を聞いていましたが、説得にRukaが動じないと知ると、
「もう、いい。」と一言だけ言われました。
結果的に、Rukaは立候補せず、その人気のある子が学級委員になり、
Rukaはこころのなかで、ほんとうに、ほっとしたものでした。

しかし、先生のなかですべてが終わったわけではなかったようです。
一学期は「リーダーシップのとれる人材で、将来が楽しみだ。」と、てもいい評価のコメントを
くださったのに、急に人が変わったように、2学期からは、「自分の力をセーブしていたら、将来困ることになるぞ。」「自分の人生を大切にしなさい。」等、Rukaの評価が明らかに変化しています。
ずっと忘れていましたが、成績表を30年ぶりに見て、また、悲しい気持ちになりました。

その先生が言ったことや行いを思い出してRukaを傷ついたのではありません。
この課題をいまだもって、越えていないことにRuka自身が傷ついたのです。

Rukaはこのネットでの活動のほかに、複数の団体に所属していますが、
そのいくつかで、いま、リーダーの資質とは何かを問われる課題を課せられています。

この問いは、今現在、その立場に立たされたからの課題ではなく、
遠い昔からあったこの課題を越えられなかったからゆえのめぐりめぐってきた
課題であることに気づかされました。
立場をもっての言葉を発することの重み、ある大いなる目的を達成するために、
敵を増やすことの怖さ。それに負けないゆるがない信念。
どうしたら、克服できるかは、ちまたの自己啓発の本を読んでも得られません。

いくつも失敗しながら、そして、そのなかの小さな手ごたえを頼りにしながら
自らが獲得していくものなのだとRukaは思います。

失敗することを恐れずに、こんどこそ、この課題を達成できたらと
Rukaは静かに願っています。