
最近、久しぶりに自分のための天然石アクセサリーを手に入れました。Rukaが仕入れる天然石は、ほとんどがお客様のためのもので、Ruka自身の天然石アクセサリーは、彼女にお願いしています。彼女の作るアクセサリーは、ため息が出るほど美しく、扱う天然石もさることながら、そのデザインと手先の器用さにはいつも感心してしまいます。彼女の手の中には天使が宿っているのだといつもRukaは感じています。
今回購入したアクセサリーの中で、どうしても欲しい天然石がありました。レピドライトです。レピドライトは品質にかなり差があり、薄い色目のものは手に入っても、濃い色目のものは高価であり、そして、気に入ったものとなるとなかなか手に入りません。Rukaは目に留まったレピドライトをずっと我慢していました。もしかしたら、他の人が必要としているかもしれないという思いがありました。でも、心のどこかで、「売れませんように・・・。」とひそかに祈っていました。願いが通じたのか、そのレピドライトはいまRukaの手元にあります。彼女がカードリーディングしてくださって、Rukaにメッセージをくださいました。届けていただいた天然石たちは深呼吸や浄化を促し、ストレスを取るための役割があるそうです。Rukaが自分の本当の声をいまよりもっと聴けるようにと導いてくださるとのこと。Rukaは人の魂や天然石の意思の声は聴けても、自分の声は聞こえません。そんなRukaへの優しいメッセージでした。
きょう、やっと時間が取れて、自分だけの時間を持ちました。久しぶりにスパで全身エステVIPコース(!)を体験してきました。最近は、「これだけのお金があれば、石が買える!」と自分に投資することを忘れていましたが、彼女からいただいたメッセージで、人に施してもらうことの心地よさに酔い、素晴らしい時間を持つことができました。とても感謝しています。
今の彼女はというと、新作を発表されたご様子。タンブル大のポケットに入れて持ち歩くタイプの天然石を自然素材の編みでネックレスにするという彼女らしい発想からできた作品のようです。Rukaが大事にしているノークラックの水晶玉を編んでもらえないかと、今度彼女に頼んでみようかと考えています。

きょうは「許す」ということについて考えてみたいと思います。「〜したけれどわたしはあなたを許す。」「〜したからわたしはあなたを許せない。」という言葉を相手に言ったり心の中でおもったりすることはありませんか?これは相手のした行為、そして、その行為をするに至った心理について、それを自分が許す・許さないという意味です。Rukaもよく、パートナーに対して、そして、子どもに対して、「今度やったら、もう許さないから!」ということがあります。よく、許しということをテーマにして宗教的に考えると、「許す・許さないという権限を持っているのは神様だけである。人である私たちは、人を裁くことはできない。」といったことを聞いたことがあります。なるほどなと思う気持ちもないわけではありませんが、そもそも、許しの感情は人間のこころの中にあります。人は常に心の中で、人を許したり許さなかったりしているのです。ですから、この神様だけの特権という許しについては、Rukaはあまり考えたことはありません。Rukaもよく許さないと思ったあとで思うのですが、これは、相手が許せないのではなくて、「相手を許す自分を自分が受け入れられない(自分を許せない)のではないか」ということなのではないだろうかと思います。相手を許すと、自分の信念や価値観を曲げてしまうことになります。許すというのは他人を許すことではありません。自分の価値観を相手の価値観に合わせて曲げることを自らが許すという行為なのです。
許しの得意な人がいます。こだわりのない人です。そこに価値観を置かない、もしくは、人の価値観はそれぞれであることを認めることができ、自分の価値観は人に押し付けられるものではないことだということを知っている人です。そういう人は、人を許しますし、自分を許すのが得意です。時にそんなひとは、逃げのうまい人だといわれることがあります。でもそんな人が逃げないときがあります。それは、自分の価値観を完全否定されたときです。人を許すのも、自分を許してもらいたいがゆえの許しであったりする。人を許すことで、人はなぜか楽になれます。人を自由にすると、自分も自由になれます。「許し」とは本来、自分のためにあるのだとRukaは思うのです。


